MBTI講座を受けてきました。
主催は、私がコーチングを学んだエッセンシャルコーチングクラス。
MBTIは、ユング心理学をベースにアメリカで開発され、現在は世界45カ国以上で活用されている国際的な性格検査です。
人にはそれぞれ、「心の利き手」のようなものがある。
無意識に繰り返している思考や感情の使い方、反応のパターン。それが個性となり、生き方やコミュニケーションの特徴として表れてくる。
という説明を聞き、「自分のタイプに合った発達やスキル開発テーマがわかる」と誘われて参加しました。
正直なところ、最初はそこまで期待していませんでした。
コーチングを学び始めてから、私はずっと「自己理解」をやってきたつもりだったから。
クラスの中でも、その後の日常でも、何度も自分を見つめてきた。
自分の感情、思考、行動パターン。
それなりに自分のことは理解しているつもり。
だから、「よくある性格診断みたいなものかな」くらいに思っていたのです。
ところがどっこい。
天地がひっくり返るくらいの衝撃を受けました。
「自己理解が深い人」が持っている力
今回のファシリテーター(講師)は、ソフトバンク株式会社 人材開発部部長の岩月優さん。
成果を上げている社員へのインタビューを通して分かったこと。それは、
「ハイパフォーマンスな人に共通しているのは、自己理解が深い」
ということだったそうです。
自己理解が深いと、自分の感情や反応を把握できる。
把握できると、選択肢が増える。
無意識ではなく、 “選んで” 行動できるようになる。
そして、自分の世界を客観視できるようになると、
「自分とは違う世界の見え方が存在する」
ということも理解できるようになる。
つまり、他者理解も深まっていく。
「人は、自分を理解している範囲でしか相手を理解できない」
本当にその通りだと思います。
MBTIは「診断」ではなく、「自己探索」だった
まず驚いたのは、世の中でよく見る “MBTIっぽい無料診断” の多くが、本来のMBTIとはまったく別物(ニセモノ)だったこと。
※MBTIは、本来は国際規格に基づいた心理学的性格検査で、日本では認定を受けた「MBTI認定ユーザー」の支援のもとで受講するものです。
一般的な性格診断は、
「テスト ⇒ 結果 ⇒ あなたはこういう人です」
という、 “外側から貼られるラベル” の構造になっています。
でも、MBTIは違う。
MBTIは、
「テスト ⇒ ワーク ⇒ 自分で選ぶ」
という、 “内側から自分を理解していくプロセス” なのです。
アセスメント結果は、あくまで仮説。
なぜなら、人は無意識のうちに、「社会に適応した自分」で回答してしまうから。
特に日本は、「周囲の期待に応えること」に価値が置かれやすい文化です。
「こうあるべき」
「こう振る舞った方がいい」
そういった適応の積み重ねによって、 “本来の自分” とは少し違う人格を育てていくことがある。
ユング心理学では、それを「ペルソナ(仮面)」と呼びます。
そして私は、午後のタイプ検証ワークで、その “仮面” に気づくことになりました。
「自分だと思っていた自分」が違っていた
午前中の理論説明を聞いた時、私は「自分はきっとこのタイプだろう」と思いました。
アセスメント結果も完全一致。
「そうそう、私ってだいたいこんな感じよね」
そう思って迎えた午後。
ワークで一つ一つ感覚を検証していくと、なんとまったく違ったのです!
自分では “自然” だと思っていた反応が、実はかなり頑張って作り上げてきたものだった。
私は、本質とは少し違う「ペルソナ(仮面)」を強く使って生きていた。
しかも、それを “自分自身” だと信じ込むほどに。
もちろん、ペルソナが悪いわけではなく、社会の中で生きていくためには必要な力。
でも、本来の自分とは少し違う方向に、ずっと力を使い続けていたのだと気づいた時、
「頑張って生きてきたんだね」
と、なんだか自分に申し訳なくなりました。
そして同時に、
「新しい自分になった」というより、「本来の自分に戻った」
ような感覚がありました。

「自分を満たすこと」は、本当はとてもシンプル
MBTIでは、
- エネルギーの方向(外向 / 内向)
- 情報収集の仕方(感覚 / 直観)
- 意思決定(思考 / 感情)
- 外界への接し方(判断 / 知覚)
という4つの視点から、自分の自然な心の動きを見ていきます。
大切なのは、
「どちらが優れているか」
ではなく、
「どちらの方が自然か」
「どちらでいる時に満たされるか」
ということ。
そして、それらは全部 “自分の内側” で起きることでした。
誰かに認められる必要はなく、お金も、特別な条件もいらない。
- 誰かと話す
- 一人になる
- 感じる
- 想像する
そういう、ごく自然な営みの中に、自分を満たす感覚は存在している。
自己理解が深まるほど、幸せは外側ではなく、自分の中に見つけられるのだと感じました。
ニュージーランドのブログを書き終えられなかった理由
そして最近の出来事を振り返ってみて、理解できたことがあります。
それは、「なぜ私はニュージーランドのブログを書くのに、あれほど時間が掛かったのか」ということでした。
MBTIでは、情報収集の傾向として、
「事実や現実を具体的に捉える “感覚(S)” 」と、
「意味や可能性、物事のつながりを捉える “直観(N)” 」
という視点があります。
私は、「出来事そのもの(S)」よりも、
「その体験が自分に何をもたらしたのか(N)」
を見ようとする傾向が強かった。
ずっと、
「どうして私は、他の人みたいにさっと書けないんだろう」
と思っていました。
でも違った。
私は、「旅で起きたことの事実」を書こうとしていたのではなく、
「旅を通して、自分の内側で何が起きたか」
を書こうとしていたのです。
景色を見て、空気を感じて、人と出会って。
その時、自分の中で何が揺れ、何が変わったのか。
言葉にすることが難しいものを、書こうとしていた。
だから時間が掛かった。
そしてもう一つ。
「こんなことで深く感動するなんて、変だと思われるんじゃないか」
という気持ちも働いていた。
でも講座を受けながら、気づいてしまったのです。
そもそも、人はみんな違う世界を見ている。
同じ景色を見ても、同じ出来事を経験しても、内側で起きていることは一人一人まったく違う。
ならば、「理解されること」を目指すよりも、自分が感じた世界を、自分の言葉で表現していい。
頭がおかしいと思われてもいいじゃないか。
それが、私の世界なのだから。
そう思えた翌日、私は最後のブログの「公開」ボタンを押すことができました。
比較ではなく、「自分を生きる」
こういった自己理解の講座を通して強く感じるのは、
人との比較には、あまりというか、まったく意味がないということ。
だって、そもそも見ている世界が違うのだから。
完全に理解し合うことはできない。
でもだからこそ、お互いの世界を尊重することはできる。
自分の世界を大切にしながら、相手の世界も否定しない。
そんな在り方で、人と関わっていけたらいいなと思いました。
そして何より、私はこれまで「楽に生きる」という視点を、あまり持っていなかったことに気づきました。
頑張ること。努力すること。苦しさを超えること。
それらを否定するつもりはないし、自分を “行きたい方向へ” 連れて行ってくれる力にはなる。
けれど、そうして知らないうちに “仮面” をつけ、自分をずっと駆り立てていたのかもしれない。
本来の自分の自然な流れに戻っていくこと。
それは、 “甘え” でも “怠け” でもなく、自分を活かすことなのだと、今は感じています。
もちろん、今回見つけたタイプも、あくまで「自己理解を深め続けるプロセス」の途中。
性格タイプを言い訳や制限に使ってしまえば、可能性を狭めることにもなる。
人は変わる。
人の数だけ世界がある。
だからこそ、これからも自分を観察しながら、深め続けていきたいと思います。
18歳以上なら受講できる講座とのことなので、自己理解を深めたい方には本当におすすめしたい体験でした。
