【初めての海外レース準備編②】Tarawera Ultra-Trail by UTMB 2026|トレーニングと心身づくり

未知の102kmへ、身体と心を仕上げる

陸上経験なし、トレラン歴2年。レースに出れば中の下くらいの順位。そんな初心者・体力人並みの私が、未知の距離、未知の世界である102kmに挑むと決めてしまったからには、どうにかしてそれを走り切れる体に仕上げなければならない。

準備期間は3ヶ月。計画と手配を始めたその日から、同時にトレーニングもスタートしました。

現状把握とレースの正体

まずは現状を知るところから。過去に完走した中で最も強度が高かったレースは、ハセツネCUP 71.5km。テクニカルなトレイルが多く、累積標高も大きい。対して今回のTarawera 102kmは、比較的 “走れるトレイル” が多く、累積標高も少なめ。制限時間も30時間と長い。

距離は+30km。でも、走れる割合は増える。つまり必要なのは、「長時間、動き続けられる力」。

AIに試算させると、 “持久力と脚づくりができれば18〜20時間で完走可能” とのことだった。もちろん未知の領域だし、実際のコース状況は行ってみないと分からない。でも、「走れる102km」だと信じることにした。

テーマは「止まらない身体」

今回のテーマはシンプルに一つ。

「脚を止めずに動き続ける力」

スピードではなく、持続。強さではなく、しなやかさ。そのためのトレーニング計画を立てた。

3ヶ月のトレーニング計画

11〜12月:ベース期
脚と心肺の土台づくり。
LSDや坂練習で「長く動ける身体」をつくる。

1月:ビルド期
ロング走と実戦練習。
補給やリズムも含めて “本番仕様” へ。

2月:調整期
疲労を抜きながらコンディションを整える。
睡眠と回復を最優先。

しかし、現実はそう甘くない

…と、計画は立てたものの。現実は、あっさり崩れた。

計画・手配がひと段落した11月後半、体調を崩す。出走を決めた興奮からの反動に違いなかった。耳下腺炎で、食事もままならなず、走れない。それでもどうしても出たかった40kmレースに、禁断の鎮痛薬を使って出走。

結果、完走したものの、鎮痛薬を使ってしまったせいで負荷に気づかなかったのか、足底に疲労骨折のような強い痛みが出てしまった。加えて、レースの疲れから免疫力が低下したのか、耳下腺炎はその後もなかなか治らず、練習は中断。

その後痛みが治まるのを待ち練習を再開した矢先、12月後半のレースで今度は捻挫。練習不足で臨むとこういうことになるのだ、という教訓をばっちり受け取る。重症ではなかったものの腫れて痛み、また練習は中断。

準備期間3ヶ月のうち、半分近くを失ってしまった。

ゼロに近い場所からの再スタート

年が明けた1月、すっかり体力は落ち、1kmも連続して走れないところからの再スタート。これ以降で怪我や故障をすれば、完走はおろか、出走も怪しくなってしまう。それだけは避けたいと、身体の安全を第一に考え、まずはトレイルには入らず安定したロードでの練習を中心とした。

少しの距離から再開し、無理なく、止まらずを意識した。息が上がらない範囲で、長く疲れを残さないようにと動く。それでもまた足底が痛くなったり、腰が痛くなったり。そんな身体からのストップがかかるたびに休み、練習量を調整し、前進と後退を繰り返しながらも走り続けた。

そうして1月後半にはロング走30kmやトラックでのインターバル練習ができるまでに回復。

2月、最後には避けていたトレイルへ。怖いながらも一歩ずつ踏み込み、不整地での登り下りの感覚を取り戻した。

移動ランに、通勤ラン。機会を見つけては、走る。「走る」という行為が私にとって「当たり前」になるように。身体の細胞一つひとつになじんでいくように。

走り方ではなく、向き合い方が変わった

もともとの私は、

「とにかく頑張って、できる限り速く走らなければいけない」

そう思っていた。取り組む以上は、最大限に力を出さなければ。やるからには、成長や価値を感じたい。その成果をはかる物差しは、「速さ」。誰とも競っていない普通ランナーの私でさえ、無意識に握りしめていたのはそんな思考だった。でも、怪我をして、思うように走れなくなって、一度立ち止まることになった。そこから、ゆっくりと走りを取り戻していく中で、ひとつの感覚に気づいた。

「ゆっくりでも、いいんだ」

息が上がらないペースで、景色を見ながら、身体と対話しながら走る。それでもちゃんと前へ進んでいる。その方が、長く、遠くへ行けることだってある。立ち止まっても、歩いても、休んでも、また走りだせばいいこと。頑張らなくてもいいこと。自分のペースでいいこと。速さだけではなく、続けられること、楽しめることも大事。

身体が教えてくれた、「速さ」以外のたくさんの価値。走ることに対する向き合い方が、少しずつ変わっていった過程でした。

コンディショニングという土台

怪我や不調が続く中で、支えになったのは

鍼灸とピラティス。

鍼灸は回復と内側の調整に。ピラティスは体幹の安定と動きの再教育に。

「挑戦は身体が資本」だからこそ、 “整える” ことを最優先に。走れた日も走れなかった日も、身体の状態を観察し、鍼とお灸をし、ピラティスで動いた。

目指したのは、壊れない身体。回復の早い身体。心地よく過ごせる日々。

栄養・睡眠・感染対策も徹底した。

メンタルもまた、鍛える

私にすら止められない「やりたい」を叶えるためだったので、練習は苦ではなかった。ほとんど自動的に身体も心も練習へ向かい、「やる気」の出番は、とてつもなく寒い日にだけ。

それでも、怪我や不調で練習ができない。そんなときはとても苦しかった。

やり遂げるための覚悟はあるか。走り切って手にしたいものとは。そんな問いを自分に投げかけ続ける日々。私にとっては大きな挑戦を前に、自分に甘くはいられなかった。

自分を越えるために、自分との信頼を育てるために、走る以外の日常の中でも小さな約束をいくつか結び、積み重ねた。続いたものが多かったけれど、途中で挫折したことも(例えば飲酒制限…笑)。

未知の距離、未知の世界。できるかどうかなんて分からない。だからこそ、

「できるようにやる」

それだけだった。

それでも、挑む

思い描いていた理想の準備ではなく、もっと「進める体」になっているはずが、実際は「ようやく戻った」くらいの感覚。でも、できることはやった。この身体で、この状態で、私はスタートラインに立つ。

その事実がすでに、一つの答えだった。

この状態で102kmを走り切れるのかは分からない。でも、積み重ねてきた練習の一歩一歩、準備の一つひとつこそが、私を支えてくれるだろう。

あとは当日、その瞬間の自分で走る。ただそれだけ。

次は、補給・装備・環境対策の話へ。

続く!

【今回のポイント(これから行く人へ)】

・「走れるレース」でも距離は別物。テーマ設定が重要
・トレーニング計画は崩れる前提で組む
・怪我・不調時は “攻めない勇気” が結果的に最短ルート
・コンディショニング(回復・ケア)がパフォーマンスを左右する
・メンタルは “日常の積み重ね” で作られる