旅の手配は、挑戦の本番の始まり
陸上経験なし、トレラン歴2年。そんな初心者の私が、ニュージーランドで行われる
“Tarawera Ultra-Trail by UTMB” (2026.2.14-15) に挑戦することを決めた。
その本当のスタートは「レース当日」ではなく、この旅の手配を始めた瞬間でした。
「行く」と決めた、その瞬間からすべてが動き出した
決めたのは昨年11月、レース開催のわずか3ヶ月前。自分が行くことを想像したその瞬間だった。一緒に行く人はいない。遠くて、お金も時間もかかる。それでも湧き上がる「何としてでも行きたい!必ず行く!」という気持ちは、もう誰にも、私にすら止められなかった。
気づけば頭の中はニュージーランドのこと、レースのことでいっぱい。他のレースを検討する隙など何も無かった。時間を見つけてはパソコンに向かい、検索履歴もすぐにそれで埋め尽くされていった。予定していたいくつかのことも忘れて吹っ飛ばしてしまうほど、全てが3ヶ月後の旅の色に染まっていく。旅の最中と同じくらい、もしかしたらそれ以上に、準備の時間は胸が躍るものなのかもしれない。
最初の壁、レースツアーがない
しかし、その高揚感はすぐに試される。
レースツアーが、ない。
見つけたのは、前年度のもの。今年度のツアーは、どこにも見当たらなかった。レース公式サイトにある現地ツアーの情報も、よく分からない。
いきなりの壁。でも、私はすぐに思い出した。難しい方が、自由な方が、私の好みじゃないか。旅の自由度は上がるし、費用も抑えられるかもしれない。何より、この壁を越えた方が絶対に面白い。幸いにも、ニュージーランドは治安が良いと言われている国。基本的なことを気を付けてさえいれば、ツアーでなくとも女子ひとり旅ができそうだった。
「何としてでも行く!」その思いは、むしろ強くなった。そこから、全部自分で決める旅が始まった。
102kmという選択
まずはレースの出走権を確保する。…その前に、もうひとつの大きな決断があった。
このレースには163km、102km、52km、23km、14km、5つのカテゴリーがある。どれに挑戦するか。163km(100マイル)はさすがに未だ現実的ではない。52km以下なら、おそらく完走はできてしまうだろう。じゃあ、私はどこに挑むのか。自然と答えは見えていた。
102km。
でもそれは、これまで一度も足を踏み入れたことのない領域。未知の距離、未知の世界。
「本当にできるのか?」
その問いが何度も頭をよぎる。
それでも。私はこの舞台で、ただ無難に完走したいわけじゃない。いちばん背伸びをして、いちばんギリギリの “挑戦” がしたいのだ。できるだけ深く濃く長く、その大地を感じ、その時間を味わいたいのだ。
こうして迷いながらも102kmに決めた私は、重たいボタンを静かに押した。
旅が“現実”に変わっていく感覚
英語のレース公式サイトを隅々まで読み込み、自動翻訳も駆使しながら内容を理解していく。スタート地点までのシャトルバス、レース中のフォトグラフサービスも申し込んだ。
そして次は国の情報収集。ガイドブックを開き、ロトルアの場所を確認する。どうやって移動する?何日滞在する?他にどんな体験ができる?
憧れだった「どこかの遠い場所」が、少しずつ「これから行く場所」に変わっていく。
私だけの冒険ルート
旅の全体像が見えてきた。ロトルアではレースを中心に、地熱温泉やマオリ文化に触れる。そして山好きとして外せないのはもちろん山歩き。レース後はタウポを拠点に、トンガリロ国立公園へトレッキングに行く計画にした。
レースだけなら数日で終わる。3泊4日もあれば十分なのだろう。でも、初めては一度きり。どうせ行くなら思いきり味わいたい。しかし、こんなに仕事を休むのは初めて。本当に良いのだろうかと、少し胸がざわつく。それも含めて、私の “挑戦” ということなのだろう。
こうして私の、7泊9日「ニュージーランド大冒険ツアー」が決まっていった。
移動手段という現実的な選択
成田からオークランドへの航空券は、直行便を選択。少し安い経由便がいくつかあったものの、「走るため」のこの旅、移動で疲れた状態で102km走るのは無理だと判断し、ここは安さよりも早さ、体力温存重視。
オークランドからロトルアは、国内線。初めはバス移動をしようと思っていたけれど、乗り継ぎ時間は1時間少々と短め。ニュージーランドは税関・検疫が厳しく、通過に2時間かかることもあるという情報を見つけ、これは乗り遅れたら終わりだ…と思い、国内線に切り替えた。
最大の難関、宿がない
問題は、その次だった。
宿が、ない。
正確に言うと、「まともな宿が残っていない」。
ロトルア4泊。Googleマップのエリアを中心地に絞ると、画面はまっさらに(満室状態)。わずかに残った数件は、口コミの低いモーテルか、バックパッカーズのドミトリーのみ。レースのエントリー開始は10ヶ月前だった。3ヶ月前というタイミングは、世界的な人気レースの前では「手遅れ」に近いことを思い知る。
必死に口コミや写真を見比べ、とりあえず一つ、キャンセル無料のモーテルを押さえた。でも納得はいかず、ここからが私の意地。他に良い所に空きが出たら替える作戦で、空室情報をチェックするのが朝晩の日課になった。
そして12月、突如現れた「新規OPEN」のバックパッカーズ。これは救いの神か、はたまた博打か。シャワー付きの個室、費用も立地も悪くない。でも、ここは「本当に存在するのか?」。安易に信じることができず、予約した後も不安は消えなかった。
その後も宿のサイトを数日おきにチェックし続けていたある日。部屋リストからその個室が消滅。嫌な予感は見事的中!
慌てて宿にメールを送ると「ファミリールーム(別の部屋)で受け付けていますよ。」という謎の回答。…いや、それは違いますね。やりとりを重ね、最終的には「個室は現在改装中で、一時的にリストから外していました。あなたが来る時には完成しているから大丈夫。」という。…それ、本当ですか?
賭けるという決断
なんとも心許ない言葉だったものの、この時、レース4週間前の1月後半。大手宿泊予約サイトにも掲載され始め、架空の施設ではないことが分かった。そして、他に良さそうなホテルの空きは全く出ない。メールの対応は親切だったし、きっと大丈夫に違いないと自分を信じ込ませ、期限ギリギリまでキープしていたモーテルをキャンセル。私はこの宿に賭けてみることに。
この出来事は、後に続く数々のトラブルのほんの序章に過ぎなかったことを、この時の私はまだ知る由もかったのである…。(続きは現地編へ!)
不安よりも大きかったもの
予約ボタンを押すたびに震える指。積み重なる出費、ひとり海外個人旅行というハードル。楽しい想像とは裏腹に、身体はぐったり疲れた。それでも不思議と不安はなかった。
むしろ感じていたのは、「私は、自分の思ったことを現実にできるんだ」という静かな感動だった。計画を立てながら、自然と涙が出た。
面倒くさいことも、もちろん多々。ツアーだったらどれだけ楽かと、思わない日はなかった。
いつかは、今
でもそれも全部含めて、これは「ただの海外レース遠征」ではなく、「自分の人生への挑戦」。特別な旅の予感。
いつかは、今。そう思って踏み出した一歩は、確実にニュージーランドへと向かい始めていたのでした。
この挑戦は、始まったばかり。次は、トレーニングと心身づくりの話へ。
続く!
【今回のポイント(これから行く人へ)】
・宿は3ヶ月前だと遅い(本当に)
・オークランド乗り継ぎは余裕を持つ
・ツアーが無い場合もあるので要確認
