南アルプス、北岳。
今回の山旅、二つの目的があった。
一つは、初めてのツェルト泊をすること。
山での自由度を上げるための、新たなチャレンジ。
もう一つは、11年ぶりに北岳に登ること。
登山を始めて3年目、今から11年前に、友人と3人で一生懸命登った思い出の山。とにかく長く厳しかった記憶はあるが、それでも「友人と楽しく登った」という印象が強い。
その山を、今度は一人でたどる。私は、何を思うのだろう。
いつもと違うキャンプ道具たちをザックに詰め込み、私は一人南アルプスへと向かった。
2026/8/30-31
1日目 路線バス🚌 広河原
2日目 広河原~八本歯のコル~北岳~北岳肩の小屋~広河原 路線バス🚌

初めてのツェルト泊
1日目 8/30
12時、甲府駅前から広河原行きのバスに乗る。バスに揺られること2時間ちょっとで、14時すぎ、広河原に到着した。
まずは一つ目のミッション、ツェルト泊。
(※ツェルトとは、テントよりも簡易的なシェルターのこと)
テントに泊まる行為自体は初めてではないが、それらは全部、誰かが用意してくれたものだった。そもそも自分のテントを持っていないので、山中で自ら何かを張って泊まるという行為は、初めてだった。
ツェルトを購入したのは1年ほど前。当時「一緒にやろう」と言っていた友人と予定が合わず、この先も一緒にできるか分からない。待っていては何も始まらない。一人で決行することにしたのだった。
初めて、しかも一人。ということで、キャンプ地は安全をみて、稜線上や山の中ではなく、登山口の広河原を選んだ。
もし何かあれば山小屋に駆け込むことも、足りないものを購入することも、最悪この日の最終便で帰ることも、一睡もできなかったら登山を諦めて帰ることも、何でもできる場所だった。

きれいな山小屋で受付を済ませ、川沿いのキャンプ場へ。料金は900円。小屋泊の10分の1。
水場もトイレもある、初めてにしては最適の場所だった。
手ごろな場所を確保し、さっそくツェルトを広げた。
同じバスに乗っていた学生さんらしき10人ほどのグループが後からやってくると、大きなテントを慣れた手つきで広げ始めた。と思ったら、あっという間に3張、設営完了。
私が張り終わる前に。
私は、ぶっつけ本番、見様見真似のYouTube仕込み。事前にイメージしていた通りに、作業を進めていく。
約20分。歪んでしまったものの、何とか張ることができた!

そんな私に神様は優しく、天気は快晴。ほぼ無風。失敗しようのない好条件。
甲府駅で調達してきたビールを片手に、至福のひと時を過ごす。

お湯を沸かし食事を取り、翌日の登山に備え荷物を整理し、持ってきた本を読む。
辺りが暗くなってきた頃、ツェルトに潜り込んだ。
ここは標高1,500m。日中は少し動けば汗が出るほどで、夜になっても寒くはない。
寒くて眠れなかったら困る、と、簡易なシェルターには不釣り合いの、ダウンシュラフにダウンジャケット、ダウンパンツまで持ってきていたが、どれも全くの出番なしだった。
マットが薄くお尻が痛くなるのを、着替えを挟んで調整しながら、何とか眠りにつく。
夜中に目を開けると、ツェルト越しに外の明るさが見える。
この日はほぼ満月で、大きな月が私のツェルトを照らしていた。
外と私を隔てるものは、薄いシートただ一枚。
大自然の中、眠っていることが、幸せだった。
そして、トイレは一晩中電気が付いていて、夜中に行っても全く怖くない。学生さんのテントの他、周りには5つほどのテントもあり、安心。
デビュー戦の場所選びは大成功だった。
11年ぶりの北岳へ
2日目 8/31
午前3時半、アラームが鳴る。
周りのテントからも、物音が聞こえだした。
満月は沈み、空には満天の星。よく晴れそうだ。
十分とは言えないまでも、身体を休めることはできた。山の中ではいつものこと。
北岳登山、行ってこよう。
予想していた通り、ツェルトの内部は結露でビショビショになっていた。
のんびり支度し、お湯を沸かし、朝ごはんを食べる。
ロープを張るのに使っていたポールを外したためぺしゃんこになったツェルトの中に荷物を置いたまま、午前5時前、北岳に向けて出発した。
薄暗い中、ヘッドランプを点けて歩き出す。
スタートから樹林帯の急登が続き、まだ目覚めていない身体は重い。トレランのレースに向けて連日走り込まされたふくらはぎが、痛いぞ、ゆっくり行け、と訴えてくる。
日の出を迎え、徐々に辺りが明るくなると、身体は軽くなっていった。
すっかり明るくなった午前6時半、白根御池小屋に着くと、真っ青な空と、北岳が出迎えてくれた。

「久々に北岳がよく見えてるね」
近くにいた小屋のスタッフさんたちの会話が聞こえる。
雨続きの夏で、この日は貴重な快晴だった。
分岐を大樺沢二俣方面へと向かい、沢沿いを登り上げる左俣ルートを進んだ。
沢沿いのお花畑は、今でもよく覚えている。今回も、お花たちが迎えてくれた。

急登はずっと続き、沢を離れると、八本歯のコルまで、ハシゴが連続する。
記憶では、一つ登るたびに息が上がって止まってしまうような垂直のハシゴが何十本も連続していた…のだが、実際に行ってみると、階段に近い傾斜のハシゴ。それも何十本も、ではなかった。
記憶の改ざんがひどい。

それだけ、あの時の私にとっては、つらく厳しい道のりに見えていたのだろう。
登りも下りも登山者さんが多く、平日とは思えないほどの人の数。日本第二位の高峰、北岳。アクセスも良く、大人気の山だ。
すれ違いに足を止めながらも、順調に登っていく。
八本歯のコルを過ぎると、巨石がゴロゴロとした岩場に変わった。
間ノ岳、農鳥岳へと続く稜線が美しく、私はなぜ今日帰らなければいけないのか、このまま歩いて行きたい、と何度も思う。

11年前の私と、今の私
標高が上がり、山頂が近くなると、酸素の薄さか、それともここまでの疲労か、だんだんと足が重くなる。
それでもゆっくり歩き続け、午前9時半、北岳山頂。
360度の大展望。
仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、間ノ岳、塩見岳など、南アルプスの名峰たちが出迎えてくれた。

11年前、ここに立った時は、ここが初めての南アルプスで、他の山々には登ったことがないどころか、どれが何という山かも分かっていなかった。
それが今では、その多くに登り、どれがどの山かもすぐに分かる。
景色を通して、私の11年分の成長が見える。
そして、私がいつも着ているオリジナルTシャツは、ここ北岳山頂で3人で撮った写真をもとに生まれたもの。
山でもレースでも、私のユニフォームだ。
友人と登山を始めた私が、今では一人で山に入り、ナイトハイクをしたり、無人の避難小屋に泊まったり、ツェルトを張ったり、ウルトラマラソンを走り、海外レースにも挑戦しながらも、
私の根っこはずっと、
「山ガール」。
その証としての、Tシャツ。
あの時から変わらない思いを背負い、私はここへ帰ってきた。



3人での時間を思い出しながら、山頂でのひと時を過ごした。
ガスがかかり始め、だんだんと展望がなくなってきたのを合図に、山頂を後にする。
帰りは肩の小屋、右俣ルートで御池小屋、広河原へ。
午後0時半、キャンプ場に戻り、ぺしゃんこのツェルトを開けてみると、ビショビショに結露していたはずの内側は、すっかり乾いていた。
お湯を沸かしお茶を飲み、荷物をしまい、午後2時のバスで甲府駅へ。平日にもかかわらず、バスは満席。
最後まで、大人気の北岳という山を感じながらの山旅だった。
もっと自由な山旅へ
初めてのツェルト泊は、お天気に恵まれ、無事に朝を迎えられた。
連日晴れの予報なら、ツェルト泊での縦走登山もできそうだ。
しかしながら超快適とは言い難い。
朝までしっかり睡眠をとるのであれば、きっとテントの方がよい。
でも、短時間の仮眠と割り切り、長時間行動し続けるような場面なら、もっと簡易的なシェルターでもよいのかもしれない。
同じ「泊まる」でも、旅のスタイルによって、最適解が変わる。小屋泊とは違った、料金の安さや予約の取りやすさもある。
多くの選択肢を持って、どんな山旅もできるハイカーになる。
そんな自由への一歩を、また重ねるチャレンジだった。
そして、思い出の北岳登山。
11年前は、友人と3人で歩いた北岳。
沢の音、お花畑、青空、荒々しい北岳の東壁、連続するハシゴ。
まだ初心者だったあの頃は、何度も休憩し、コースタイムを大幅にオーバーして歩き、「登る」ことで精一杯だった。
今では、休憩をしても、景色に足を止めても、コースタイムをオーバーすることはなくなった。
そして今は、北岳から見える山々を知っている。
若さは失われているものの、11年前の私が知らなかった山の歩き方を、今の私は少しずつ身につけている。
いろいろな山に登った。
トレランも始めた。
海外で100kmも走った。
そして今度は、ツェルト泊もできるようになった。
できることも、見えるものも、山との遊び方も増えた。
11年前の自分に、今の私を見せに行ったような山旅だった。
オリジナルのTシャツを着て。
まだ、行きたいところがある。
見たい景色がある。
まだまだ、できることがある。
もっともっと、自由に山を旅する私へ。
私の旅は、続く。

