中央アルプス縦走|TJARの道を、自分の足で

プロローグ TJARの道を、自分の足で 

中央アルプス縦走。

2週間前、TJAR(トランスジャパンアルプスレース) の選手たちは、この中央アルプスを越えていた。その日は逆走台風が接近し、稜線には激しい雨と風が吹き荒れていた。

南アルプスの避難小屋で出会い、応援していた選手が、そんな嵐の中を進んでいた。

稜線でのビバーク。
仲間との協力。
そして、歩き切った先でのガッツポーズ。

その姿を見て、思った。

私も、その道を歩いてみたい。

ドラマが起こったその場所を、自分の足で歩いてみたい。 

中央アルプスへは過去2回、ロープウェイで訪れたことがある。今度は自分の足で登り上げてみたいと、実は過去にも計画をしていた。

今回の予報では、連日午後から雨。これまではお天気に恵まれず、実行に移せなかった。 けれど今回は、TJARの選手たちが嵐の中を越えていった、その直後だ。

多少雨に降られても、私も行こう。

そう決めた。

過去に計画していたのは、1日目に福島Bコース上の七合目避難小屋(無人)に泊まる2泊3日。

しかし以前、無人の避難小屋で一人になった時、怖くてほとんど眠れなかったことから、今回は避難小屋泊をパスし、ナイトハイクに挑戦してみることにした。

一人避難小屋と、一人ナイトハイクは、どちらが怖いのだろう。

きっと、怖い。でも、TJARの選手たちも夜を徹して進んでいる。

そして避難小屋泊をやめた分、1日目は長い行動時間となる。コースタイムは13時間30分。ここまでの長さは、レース以外の山旅では初めてだ。

今回は、どんな体験が待っているのだろう。

ワクワクと怖さを胸に、私は中央アルプスへと向かった。

2026/8/22-24
0日目 終電🚃 JR中央本線原野駅~
1日目 コガラ登山口~福島Bコース~木曽駒ヶ岳~宝剣岳~檜尾岳~檜尾小屋
2日目 檜尾~空木岳~池山尾根~菅の台BC 路線バス🚌

0日目 終電で登山口へ 

8/22 雨のち晴れ

仕事を終え、終電で登山口の最寄り駅へと向かう。夕方から夜にかけて東京でゲリラ豪雨があり、バスは遅れ、電車も遅れ、特急も遅れ。これは無事に辿り着けるのだろうかと、一抹の不安が胸をよぎる。

実は過去2回も、同じく関東の雨によって計画が翻弄されている。

この山域とは、そういう相性なのかもしれない。

何とか最後の中央本線へと乗り継ぎ、午後11時半、原野駅に到着した。 

運転手さんに切符を渡し、無人の駅へと降り立つ。コンビニはもちろん、トイレもない。

ザックのベルトを締め、ヘッドランプを点け、すぐに歩き出した。

田畑の広がる田舎道は、山に向かって延びていた。キャンプ場の横を通り、別荘地の中を抜けていく。もちろん誰もいないが、ぽつりぽつりとある街灯が心の支えになってくれる。

1日目 夜の中央アルプスへ 

8/23 晴れ

原野駅~コガラ登山口~福島Bコース~木曽駒ヶ岳~宝剣岳~檜尾岳~檜尾小屋
コースタイム13時間30分

午前1時、原野駅から6.6km先にある、木曽駒冷水公園というキャンプ場に到着した。夜中にもかかわらず人影があり、ホッとする。電気の付いた明るい建物に入り、ひとまずザックを下ろした。

この先500mで登山口。そこから先は、山道だ。

いつも夜明け前の時間帯は少し山を歩くが、長時間のナイトハイク、しかもたった一人は、初めてだ。真っ暗闇を想像するだけで、身体が硬くなった。

もう少しここに留まり、時間をつぶしてから行こうか。でも、まだコースは残り12時間。ゆっくりもしていられない。時間を稼ぐために、ゆっくりおにぎりを口にする。けれど、立ち止まっているうちに、汗で身体が冷えてきた。

考えても、仕方ない。もう、行くしかない。

心は決まり、重い腰を上げた。

一人避難小屋と、一人ナイトハイク。怖いのはどっち? 

コガラ登山口の看板が見え、駐車場を抜ける。街灯はもちろんない完全な暗闇の中、しばらくは砂利の林道を進んで行く。

途中、光る2つの目が見えたかと思うと、小さな動物が走り去る気配。大きな動物には会いませんようにと、祈る。

林道が終わり、幸ノ川の渡渉ポイントを過ぎると、本格的な山道が始まった。つづら折りの急登。

振り返るとキャンプ場の明かりが遠くに見えるが、今ここにあるのは、吸い込まれそうな暗闇だけ。自分が点したヘッドランプの明かりだけが頼りだった。

よく整備された、木の根っこと土と岩の登山道。腕に絡みつく蜘蛛の巣、向かってくる蛾などを払いのけながら、5合目、6合目と、現れる看板を励みに、静まり返った森の中を徐々に上がっていった。

午前3時半頃だったと思う。 後ろから、熊鈴の音が近づいてきた。

振り返ると、そこには山の怪……。

……ではなく、足の速い男性が現れ、挨拶を交わした。

誰かが同じ暗闇の中、同じ道を歩いている。それだけで心強かった。

しかし、いつもは眠っている時間帯に、緊張感を伴う強度の高い運動を続けるということは、身体にとって想像以上の負担なのだろう。胸に湧き上がる気持ち悪さは徐々に広がり、もはや無視できない大きさになっていた。

「もしかして今日はダメかもしれない」

そんな気持ちも、大きくなっていった。

もうすぐ七合目避難小屋に着く。そこに着いてから、考えよう。

重い身体を何とか動かし続けた。

午前4時すぎ、目の前に現れた綺麗な小屋。扉を開け、中に入る。ザックを下ろし、おにぎりをゆっくり口に入れた。トイレを済ませ、長めの休憩をしている間に、辺りは少しずつ明るくなっていた。

もう少し、行けるところまで行こう。そう決意し、出発した。

太陽が昇ると、身体が戻った 

小屋から先は一旦急登が終わり、緩やかなトラバース道へ。樹林帯を抜け、視界が開けるようになってきた。

そしてすっかり朝日が昇り切った頃には、気持ち悪さが嘘のように無くなっていた。

明るさと暖かさをくれる太陽の偉大さを、この身体で感じる。

前を歩く男性に追いつき、挨拶を交わすと、七合目避難小屋に泊まったという。貸し切りだったと。綺麗な小屋だったが、綺麗だから怖くないというわけではない。綺麗じゃなかったら当然、怖すぎて絶対に無理なのだが。

結論。道や状況にもよると思うが、私にとっては、一人避難小屋よりも一人ナイトハイクの方が怖くなかった。ただし、身体にとっては相当な負担だった。

歩みを進めると、景色が変わってくる。巨石を飛び越えながら、高山らしくなってきたな、と実感する。

そして8合目を過ぎると、森林限界を迎え、目の前にはお花畑をたたえたカール。空は青く、薄い雲が綺麗な模様を描いていた。再びの急登、ガレ場を一歩一歩登っていくと、午前6時半、9合目の玉乃窪山荘。木曽駒ヶ岳と木曽前岳の鞍部に着いた。

この周辺には、山岳信仰に関わる数多くの霊神碑や鳥居、祠が立ち並んでいた。

木曽前岳もとても美しく、次回は計画に入れたいなと思いながら、木曽駒ヶ岳への最後の登りに取り掛かった。

天国の木曽駒ヶ岳 

午前7時すぎ、木曽駒ヶ岳山頂へ。

7kmで標高差1,700mを登る、タフな福島Bコースを登り切った。

同時に、静かな山歩きは、ここまで。まだロープウェイの始発便の登山者が到着する前。それでも、前日から山に泊まっていた登山者たちで賑わっていた。

御嶽山、北アルプス、八ヶ岳、南アルプスの大展望が目の前に広がる。

木曽駒ヶ岳は3回目。過去2回も、今回も、とても良い天気で迎えてくれた。

何時間でも過ごしていたかったが、まだ先がある私は、やむなく出発。

中岳を越え、午前8時頃、宝剣山荘に差し掛かると、とんでもない人の群れが。2日前までロープウェイが運休していたので、静けさを期待したのだが、そうはいかなかったようだ。

ここは、本当に美しい山。まるでこの世の天国。ここまでロープウェイで来たくなる気持ちも、本当によく分かる。

でも、ロープウェイを使わず自分の足で登ってみて、さらによく分かる。

ここは天国。間違いない。

山荘の中も外も大勢の人でごった返し、トイレも大行列。スタッフさんもとても忙しそうで、ここでの休憩を諦め、出発することにした。(本当はソフトクリームが食べたかった)

東に延びる伊那前岳への稜線にも心を惹かれるが、これもまた次回の計画に入れることにして、ヘルメットを被り、ポールをしまい、宝剣岳へと向かった。

天国の先に、険しい現実 

宝剣岳は、5年ぶり2回目。それほどでもないと記憶していた鎖場は、記憶よりもずっと長く多く、高度感たっぷりで、十分に危険な場所だった。

嵐の夜、TJARの選手たちは、この岩場を危険と判断したのだろう。 宝剣岳を通らないルートを選択していた。

その選択が意味するところを、実際に歩いてみて感じた。

多くの登山者さんたちと慎重にすれ違いながら、山頂を越え、そして下った。

天空の縦走路 

午前9時、極楽平でヘルメットを外し、ポールを再び取り出した。少し休憩し、先へと進む。

南に延びる、天空の縦走路。気持ちの良い美しい稜線を歩く。

目の前を一匹の黄色いアゲハ蝶が、ひらひらと横切っていく。人間には全くの無関心で、夢中で花の蜜を吸っている。大きく立派な体と羽。鮮やかで、力強いその姿に心を奪われる。 

厳しい場所で、それぞれの生き方をしている。

蝶も、TJAR選手も、そして私も。

島田娘を過ぎると、稜線は細かく急なアップダウンを繰り返すようになった。夜中から歩き続けている身体には少しずつ疲れが溜まり、だんだんと歩くペースが落ちていた。

良く晴れた空からの日差しはとても強く、痛いほどの暑さも、少しずつ私の体力を削っていった。

午前10時すぎ、濁沢大峰を越えると、一度大きく下り、そして檜尾岳に向かってまた大きく登った。

最後のピーク、檜尾岳 

重い身体を何とか引き上げながら、午前11時半、ようやくこの日の最後のピーク、檜尾岳へ。

山頂標識と写真を撮るも、もう眉間に寄ったしわが緩まないほど、息も絶え絶えだった。

終電で駅に降り立ってから12時間。よく歩いた。

山頂から10分の檜尾小屋が、この日のゴール。受付を済ませ、ビールで乾杯。

管理人さんに翌日のコース状況を聞くと、ここまで以上にアップダウンがきつい稜線が空木岳まで続く、と。

南アルプスとも北アルプスとも少し違う、独特の美しさと厳しさがある、この中央アルプス。

「大丈夫かな」

と心配する私に、

「到着してすぐビールを飲む人は大丈夫」

と心強い言葉を掛けてくれた。

5年前にリニューアルしたという檜尾小屋は、ひのき材を使った内装がとてもきれいだった。発電機がなく、自然の音だけがする、静かな小屋。

ビールを飲み終わると、少し眠り、夕方また起き出す。午後からの雨予報はどこへやら、雨は降ることなく、ガスも晴れ、この日辿った稜線も、翌日向かう空木岳も、いつまでも姿を見せてくれていた。

午後6時、最後の登山者さんを迎えると、小屋は静かな夜を迎えた。

夜空には、満天の星が輝いていた。

2日目 中央アルプスを越える 

8/24 晴れ

檜尾~空木岳~池山尾根~菅の台BC
コースタイム10時間45分

午前3時すぎ、皆が起き出し支度を始める。午前4時頃から次々と出発していき、私も午前4時半頃、出発。

雲一つない夜空。うっすらと明るくなっていく東の空と、まだ光る星と、灯りのついた小さな小屋。幻想的な世界を創り出していた。

ヘッドランプを点けて歩き始める。

夜明けの稜線 

小屋から30分の大滝山で、日の出を待った。

午前5時14分。地平線近くは薄雲がかかり、海坊主のようなシルエットの太陽が、昇る。

新しい光が一日の始まりを告げた。

小屋で一緒になった登山者さんと似たようなペースで、抜いたり抜かされたりしながら、すれ違うたびに話をした。日本三百名山まであと2座というおじさま。避難小屋で一人になることもよくあるそうで、

「怖くないんですか。眠れますか?」と尋ねると、 

「怖いけど、寝るしかないでしょ」と、おじさま。

山に来る人は、やっぱり強いのだ。

縦走路は相変わらずのアップダウンを繰り返し、鎖場なども出てくる。しかし、一晩寝たおかげで身体は回復し、前日よりも軽い足取りで進んで行った。

午前6時、熊沢岳を過ぎると、走れそうな道が出てくるも、長くは続かない。

そして東川岳を越え、木曽殿越まで200m下る。鞍部にある木曽殿山荘からは、空木岳へ向けて300mの登り返し。

山荘前で少し休憩をしてから、気持ちと呼吸を整え、午前7時半、登り始める。

空木岳へ 

タフな昨日を乗り越えられた私なら、今日も乗り越えられそうな気がする。

一歩ずつ、足を前に出して登っていく。時々振り返り、東川岳との位置関係を確かめながら、何メートル登ったかな、あと何メートルくらいかな、と、思いを巡らせる。

巨石の岩場を鎖を頼りに乗り越えながら、午前9時前、空木岳の山頂へ。

360度の大展望。

目の前には、抜けるような青空と、歩き切った中央アルプスの稜線。

山頂には、小屋で一緒だった登山者さんたちの姿。写真を撮り合い、この景色が見られた喜びを分かち合った。

30分以上を過ごし、泣く泣く山頂を後にする。 私の後ろ髪は、引っ張られすぎてあとわずかに違いない。

空木岳から菅の台BCまで下る池山尾根は、コースタイム5時間35分。標高差にして2,000m以上を下る、長い長い道のり。

歩き切った、その先に 

駒峰ヒュッテを過ぎ、駒石を過ぎると、展望は終わり。樹林帯に入っていった。道はよく整備され、歩きやすい。小屋で一緒だった登山者さんたちのペースが速く、私もつられてどんどんと歩いた。

大地獄・小地獄の鎖場を越え、残り半分くらいになると、傾斜は緩み、走れるくらいの道になっていった。何度も着地を繰り返すうちに、足の裏がジンジンと痛くなってくるが、あまりの長さに、「早く終わりたい」と、思わず小走りになる。

最後は林道と山道を繰り返し、午後1時半、ゴール。

ちょうど来ていた路線バスに飛び乗り、駒ヶ根駅へと向かった。

エピローグ 彼らには彼らの旅があり、私には私の旅がある

ロープウェイで比較的簡単に登れる木曽駒ヶ岳を、自分の足で登った。 そして、美しくも険しい主稜線を歩き、長い道のりの末に空木岳へと辿り着いた。

ナイトハイク、長時間行動。 私の初挑戦を、中央アルプスは晴天の下で受け入れてくれた。

TJARの選手たちは、この稜線を半日で駆け抜ける。私は2日かけて、私の速さで、越えた。

彼らには彼らの旅があり、 私には私の旅がある。

TJAR聖地巡礼は、私の限界を、ほんの少しだけ押し広げてくれた。

素敵な山旅でした。

私の旅は、続く。