2/15 翌日|終わりと、現実のはじまり
いつの間にか眠りに落ち、気づけば外が明るい。朝になっていた。少しお腹が空き、アルファ米と味噌汁を口に入れる。身体はくたくたで、まだ動けそうにない。もう少しだけ、とベッドに潜ると、またあっという間に眠りに落ちていた。
次に目が覚めたのは、10時過ぎ。重い身体をなんとか起こし、ドロップバッグを受け取りにレース会場へ向かう。雨は上がり、南国らしい爽やかな青空が広がっていた。
レースはまだ続いている。夜通し、己と泥と戦ったランナーたちが帰ってくるたびに、祝福の声が上がった。

3つのバッグのうち2つはすでに返ってきていたが、最後の1つはまだ届いていなかった。「あとで来てね」と言われるも、あとで、とは何時間後なのか分からない。けれど、もう急ぐ理由はなかった。待っている間、近くの飲食店街で食事を取ることにした。
活気のある店に入り、ラム肉の鉄板焼きとクラフトビールを注文。食欲はすっかり戻り、お腹は空っぽだった。
ラム肉は大きなかたまりで登場。好みの焼き具合で味わうスタイル。羊大国で味わうそれは、格別中の格別だった。そして、冷たいビールの喉越しと爽やかな苦みが、ボロボロの身体に染みわたっていく。お酒は回復を遅らせると分かっていても、「何のために生きているのか分からなくなる」よりは絶対にマシだ。
2週間ぶりの一杯は、紛れもなく “祝杯” 。至福のひとときだった。

ゆっくりじっくり味わった後、会場に戻り、13時。最後のランナーがゴールし、制限時間を迎える。
お祭りは、終わった。
本当はこの日、ロトルアの温泉で身体を癒す予定だった。ここには世界的に有名な自然温泉があり、レース後の楽しみにしていた。けれど、足の負傷と、生理…。断念せざるを得なかった。入れたら、きっとすごく癒されたのだろうな。
足を引きずりながら宿に帰る。レースの後片付けタイム。ドロドロのシューズは、宿の中庭でホースを借りてゴシゴシ洗った。でも、細部にまで入り込んだ泥は全ては落ちそうになかった。

次は、ウェアの洗濯。できたばかりの宿、なんとランドリーはまだ出来上がっていないという。洗濯物を抱え、街中のコインランドリーへと、トボトボと歩いた。
身体中の細胞が壮絶なダメージを受け混乱しているのか、「疲れた」という感覚すら曖昧だった。ただ、ボーっとしてうまく動けない。いちいちボーっとして、あっという間に時間が過ぎていった。
この日はロトルア最後の夜。もう一度だけ、ビールを飲みに出かけた。

2/16 翌々日|代償として残ったもの
朝はゆっくり起き、チェックアウトギリギリまでのんびり支度をして、宿を後にする。
最初は「ハズレだった!」と思った宿も、住めば都。スタッフは優しかったし、ちゃんと眠れたし、結果的にはなかなか快適な滞在だったと思える不思議。
この日は、隣町のタウポへ移動。バスターミナルへと歩き出すも、5分で足が限界を迎える。炎症はさらに進み、足指はパンパンに腫れ、爪は2~3ミリほど浮き上がっていた。ズキズキとした痛み。よく、こんな状態になるまで走れたものだ。

休憩を挟みながらどうにかこうにか歩き、予約していたバスに乗り込んだ。バスに揺られながら、窓の外に広がる山々や、牧草地を眺める。
足の状態は、深刻。これからどう治っていくのか、見当もつかなかった。予定していたトンガリロ国立公園へのトレッキングも、絶望的だろう。
1時間ほどで、タウポに到着。ニュージーランド最大の湖、タウポ湖畔のリゾート地。通りには、ゆったりと観光を楽しむ人々が行き交う。
スーツケースを引きずり、ゆっくりゆっくり歩きながら、予約していたモーテルへ。
腫れ上がった足指は、どこかにコツンと当たるだけで激痛。そして、足を下げるとズキズキと拍動する。ベッドに上がり、クッションで足を高くして横になった。
ここまで来たのに、天気は回復していくのに、トレッキングには行けない。他の観光も、ほとんどできそうにない。めいっぱい楽しみたい気持ちとは裏腹に、身体のダメージはピークに達していた。
2/17|それでも楽しみたい
朝一度起きたものの、再び眠り、昼までベッドで過ごす。相変わらず足は痛み、生理痛もひどい。それでも、お腹は空くし、せっかくだからこの街も見ておきたい。
モーテルのすぐそばにあった湖畔のブリティッシュ・パブ、Jolly Good Fellows(通称ジョリーズ)でビールを飲む。湖の爽やかな風に吹かれながら飲むビールは最高だった。
ゆっくり歩き、街を眺め、スーパーやドラッグストアに立ち寄った。残りの時間は、モーテルのベッドの上で旅の記録を書き留めた。

2/18|手に入らなかったものに、心が向く理由
朝目を覚ますと、外は抜けるような快晴の青空。今回の旅で一番の晴天だった。居ても立ってもいられず、湖のクルーズ観光へと出かけた。自然の岩壁に彫られた巨大なマオリの彫刻を見られる、人気の船上体験だ。
ヨットハーバーに着きチケットを購入。いくつも船がある中で、外装が可愛い蒸気船風の船を選んだ。
ベンチで待っていると、陽気なオーストラリア人の夫婦に話しかけられた。拙い英語ながら、旅のことやレースのことを伝え合う。どこまで伝わったのかは分からないが、最後に「一緒に写真を撮ろう」と言ってくれた。異国でのそのやりとりは、やさしく心を温めてくれた。

ご夫婦とは別の船だったので、乗船前にお別れ。
船の上では、スタッフが声を掛けてくれたり、乗客同士で写真を撮り合ったり。船内に流れる英語での解説が分からずとも、ただ船のデッキで湖の風に吹かれるだけで、爽快な時間だった。

下船後は、アイスを食べ、ジョリーズで2回目のビール。
目の前に広がる穏やかな湖、青空、優しく吹き抜ける風。爽やかで極上の、すべてが満たされているような午後。
レースから3日。足の痛みは少し引いてきたような気がする。いや、現実はそうではなく、ただそう思いたいだけだと分かっている。
それでも、もしかして頑張ればトレッキングに行けたのではないか…。それはどう考えてもリスクしかなく、やめて正解なのに、どうしても浮かんでしまう、選べなかった、選ばなかった方の選択肢。
国内レースでは、いつも晴れていた。なのに、今回は大雨。初めての海外レース、憧れだったニュージーランドで。
晴れていたら、もっと楽しめたかもしれない。雨じゃなかったら、こんなに負傷することもなかったかもしれない。
私は、なんて運が悪いのだろう。
…いや、本当は、違う。
レースは完走した。美味しいものも食べた。素晴らしい景色も、目の前にある。
それなのに、手に入らなかった “わずかな部分” ばかりに目を向けている。
行けなかった悔しさと、そんな自分の愚かさの両方で、涙が止まらなかった。

モーテルに帰り、ゆるゆるとパッキング。パンパンに持ってきた食料や水のスペースが、お土産に置き換わる。
2/19|旅の終わり、物語の完成
日本へ帰る日。
夜行バスでオークランドへ移動するため、夜中の1時、モーテルを後にした。
滞在中、曇りや雨がほとんどだったが、最後の夜、空には満天の星。街灯があってよく見えないはずなのに、こぼれ落ちそうなほどの輝き。
22年ぶりに見る南半球の星空。星座はほとんど分からなかったが、大学時代、南十字星やさそり座を大切な友人たちと眺めたあの懐かしい時間が心によみがえった。
タウポの夜は静まり返っていた。バス停のベンチに座り、ただそのときを待つ。
深夜1:50。予定の時刻を過ぎても、バスは来ない。15分、30分と、時間だけが過ぎていく。しびれを切らしたもう一人の待ちぼうけの乗客が「なぜバスは来ないのですか?」と声を掛けてくる。私にも分からないよ…。
もしバスに乗れなければ、空港にたどり着けない。この日飛行機に乗れなければ、翌日の仕事に行けない。航空券を取り直すとしたらいくらかかるんだろう。今、トイレに行きたくなったら…。最悪の事態を想像し、焦りと不安がじわじわと広がっていく。
1時間後。ようやく角を曲がってきたバスの姿が。胸の奥から安堵がこぼれる。
ほぼ満席の車内で席に着くと、隣には現地の男性。身体の大きさに反して、人懐っこく可愛らしいおじさんだった。挨拶を交わし、言葉が通じないと分かるやすぐさまタブレットを取り出し、翻訳アプリを起動してくれた。画面越しに静かな会話が始まった。
少し眠り、目を覚ますと、バスは渋滞の中。「オークランド名物、朝の渋滞へようこそ」。隣のおじさんが、そう教えてくれた。
結局、乗り継ぎのバスターミナルに到着したのは、予定より1時間40分遅れ。待ち時間の1時間10分を飲みこんで、オークランド国際空港には30分遅れで到着した。
最後までハラハラドキドキの旅。これぞ個人旅行の醍醐味、と少々のことでは動じなくなる頃に、旅は終わる。
出国審査、保安検査を抜け、最後の食事を取っていると、あっという間に搭乗時間になった。静かに列に並び、機内へと進む。さようなら、遠く美しい国、ニュージーランド。
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飛行機の中でふと開いたスマホに流れてきた、Tarawera Ultratrail by UTMBの公式投稿。そこに書かれていたのは、今回のレースがどれほど特別なものだったのか、という言葉の数々だった。
霧、豪雨、深い泥、そして緑豊かなトレイル。タラウェラの大自然は、そのすべてを見せてくれた。
過酷なコンディションの中で、それでも走り続けたランナーたち。そして、それを支え続けたボランティア、クルー、サポーターたち。トレイルを愛する人々が集い、支え合い、励まし合い、同じ時間と空間を分かち合っていた。
“単なるレース以上のもの”
その言葉を読んだ瞬間、すべてがつながった。
晴れていたら、見えなかった景色があった。雨だったからこそ、触れられた感覚があった。
雨は私から “奪った” のではなく、本当の場所へ連れて行ってくれたのだ。
私は、嗚咽がこみ上げるほど泣いた。
それは悔しさではなく、ようやく “理解できた” ことへの涙だった。

「最高の舞台」を求めていた私が出会ったのは、キラキラした太陽ではなく、泥まみれで容赦ない、「剥き出しの大自然」だった。
それはきっと、この土地の神様(Te Arawa)が、私たちならこの「真実の姿」を受け止められると信じて贈ってくれた、最高級の歓迎。
冷たい雨に打たれ、泥まみれになり、深い闇に包まれ、痛みも葛藤も抱えて、同じように夢を追い求める人々とともに走り続けたあの時間、あの空間。
大地も私も人々も、すべてがひとつだった。
時間の流れも、痛みも喜びも。生も死も、光も闇も。私という境界が消え、すべてが溶け合う瞬間に、ただ在った。
泥は洗い流される。シューズは乾く。足の傷も、痛みも、いつかは癒える。
けれど、この記憶は決して消えない。
あの過酷なコンディションこそが、今回の「最高」だったのだと、気づけた今。
私の挑戦は、ここで真の完結だった。
あふれる涙は、完走メダルよりもずっと深く、私の魂に刻まれた「102kmの物語」の証。
またいつか、あのタフで、めちゃくちゃで、魔法のような場所へ。神様に会いにいく日を、楽しみに。
私の旅は、まだ続く。
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「泥は洗い流せても、思い出は色褪せない」
