2/12 前々日|すべてがスムーズにいかない、それが海外
10時間のフライトを終え、まずはオークランドに到着。預けたスーツケースは無事にベルトコンベアに乗って出てきた。
ようやく足を伸ばせる喜びと、出迎えてくれたマオリの彫刻を施したゲートに気持ちが高揚したのもつかの間、フライト1時間遅れという事実に自然と足が早まる。
最初の関門、厳しいと聞いていた検疫へ。オンラインで申告した内容を口頭でも確認され、検疫台の前へと進んだ。
パンパンに詰め込んできた小さなスーツケース、ひとたび開けるとボロボロと溢れ落ちるモノたち。映画に出てきそうな大柄で強面の検疫官に食べ物やシューズを見せる。不正も密輸もしていないのになぜか緊張する。
エナジージェルを見せたとき、「走るの?」と聞かれた。
「レースに出ます」
それだけのやりとりなのに、少し肩の力が抜けた。次々に繰り出される食べ物類があまりにも多かったのか、最後は「もう大丈夫だよ」と制された。
肉類やハチミツが含まれていないかしっかりチェックして持って行ったので、どれも没収されることはなかった。土や汚れが付いていたら没収、もしくはゴシゴシ洗われてしまうかもしれないアウトドア用品、トレランシューズもピカピカに磨き上げて行ったので軽く合格。
無事に検疫を通過し、入国完了。ツアー客を待ち受けるガイドさんに声を掛けられるが、この場所で私を待つ人はいない。

乗り継ぎギリギリ、そして小さな不安
次はロトルアへ。少し離れた国内線ターミナルへと急ぐ。乗り継ぎ時間には余裕があるはずだったのに、日本から着てきた暖かいインナーを脱ぐ暇もなく、慌てて走る。この日は薄曇りで、汗ばむ陽気だった。
ロビーへ着いたときには出発まで30分を切っていて、良く分からぬまま再びスーツケースを預ける。これは本当にロトルアでまた受け取れるのだろうか…?そんな一抹の不安を胸に抱えたまま、小さなプロペラ飛行機へと乗り込んだ。
座席の横の小さな窓からいっぱいに広がるニュージーランドの大地をじっと眺める。どこまでも続く牧草地には、白い粒(羊)や黒や茶色の粒(牛や馬)がパラパラと。ゆったり草をはむ様子が見えるようだった。点在する湖、なだらかな曲線を描く丘や山々。まるで巨大なゴルフ場のように見えるほど、それは美しく整っていた。

来ないバスと、いきなりの洗礼
1時間足らずでロトルアに到着。スーツケースとも無事に再会できた。
同じ飛行機には、以前にレースへ出走したのであろう、参加賞のTシャツを来た日本人女性のグループもいた。言葉の通じない海外に着いて数時間。心細くて誰かと話したい気分になったが、一人で来た責任を思うと、何だか話しかけられなかった。
小さくて穏やかな空港。ATMで現地通貨を引き出し、バス停へ。市中心部へ向かう便は一時間に一本、時刻表が示す次の便は30分後。
しかし時間になってもバスが来ない。待てど暮らせど何も来ない。
30分ほど経過し、さすがにおかしいと思いホームページにアクセスしてみたところ、なんとまさかの運休。待っていた便には取り消し線が引いてあった。
結局、次の便も20分ほど遅れて到着し、空港でのロスタイムは約2時間。本当にバスが来るのか、まさか変な時間に行ってしまったりしないのか、気になりカフェに入ることもできなかった。

何も起きていないのに、すでにいろいろ起きている。
同じく待ちぼうけを食わされていたアジア系の女性、彼女とはレース当日、まさか隣に並んでスタートを待つことになるとは、この時は思いもしなかった。
バスの車窓から見えたのは、巨大なトラクター。日本ではお目にかからないサイズの車輪を備え、あまりの大きさに驚く。行き交う乗用車やトラックも大きく、道幅はゆったりと広い。住居は平屋が離れて点在し、国土の広大さを感じさせた。
宿問題、再び
中心部でバスを降りて、予約していた宿へと向かう。あの「新規OPEN」のバックパッカーズだ。チェックインと支払いを済ませ、スタッフに案内されたのは、ファミリールーム。…違う部屋。メールでちゃんと確認したのにー!もう一度、予約していた部屋と違うことを伝えると、その部屋は「まだ完成していない」と言われ、さらにここでも1時間ほどの待機。
何一つスムーズに進まない。でも、これが妙にリアルで、「海外に来たな」と実感する。
共用リビングのソファに腰かけ、おやつを食べたり、荷物を探ったりしているうちに、部屋ができたと案内された。
工事が終わったばかりのその部屋は新しいに違いなかったが、手作り感満載。ドアはカード式のオートロックだが、ドア横の大きな窓は建付けが悪く鍵が閉まらなかった。良いことといえば、私一人にしては十分すぎる広さ。収納棚も大きい。宿が無く困っていたのだから、泊まらせてもらえるだけ、これで十分と言えば十分だった。

それでも、すべてが新鮮だった
簡単に荷解きを済ませた後は、必携品のチェックをしてもらいにレース会場へ。
宿から会場までは、メインストリートを歩いて20分。文字、色、匂い、音、人、雰囲気。その全てが新鮮で、街を歩いているだけで胸が躍った。飲食店、お土産屋さん、アウトドアショップなど、後で寄りたいお店の目星をつけながら進む。
先住民族マオリの文化の影響で、肌にタトゥーをしている人が多くいた。どれも美しく、彼らの誇りのようだった。


ついに、あの舞台へ
レース会場に到着。UTMBのゲート、横断幕。写真で見ていた世界が今、目の前にある。
「本当に来たんだ」
その実感が、じわじわと押し寄せる。誰もがニコニコと楽しそうで、リラックスした雰囲気。夢のようだった。

エントリー選手全ての名前を記載したボードの前では、自分の名前がなかなか見つからずずっと探している人、探し当てて写真を撮る人。私の名前も見つけた。間違いなく私も選手の一人なんだなと、現実味が増した。

でも、周りを見渡せば強そうな人ばかり。私だけが場違いのように見える。
「完走できる気がしない…」
レース前の弱気は、早くも2日前から準備万端だった。
必携品のチェックでは、一度目、「推奨装備」を「必要装備」と勘違いしたチェック員のおじさんに不合格として返されてしまった。改めてインフォメーションで確認をして、再挑戦。無事合格。体重測定、身分証での本人確認を済ませ、ゼッケンやドロップバッグに付けるシールタグなどを受け取る。
出展ブースを見て回り、ゼッケンベルトと、地元メーカーのエナジージェルを購入した。
宿に戻り、翌日預けに行くドロップバッグの支度をして、ベッドに入った。飛行機でほとんど眠っていないにもかかわらずあまり眠くならないのは、ニュージーランドとの時差のせいかもしれないし、興奮と緊張からかもしれなかった。

2/13 前日|祝福と大雨
翌朝は、午前7時からのテ・プイアでの歓迎セレモニーへ。
宿からは歩いて45分の場所。足慣らしに歩こうと6時すぎに宿を出ようとするも、門が閉まっていて出られない。辺りをうろうろしたものの分からず、諦めようかと思ったその時、どこからかスタッフが現れ、門の開け方を教えてくれた。
この日は朝から大雨。歩いたり走ったりしている間に服も靴もびしょ濡れになった。
何とか開始時間に間に合いレセプションに参加。参加者が多く、ハカのパフォーマンスや歓迎式典はあまり良く見えなかったが、温かい歓迎と選手たちの熱気が混じり合い、いよいよスタートが近づいていることを感じさせた。レースは翌日。気持ちが高まっていく。

自然の圧と、小さな諦め
もう少しこの地を堪能したいと、そのままテ・プイアのオープン時間を待ち観光することに。ここはマオリ文化と地熱地帯を体験できる人気の総合観光施設。ハカのパフォーマンス見学付きのガイドツアーチケットを購入した。
英語が分からない私にはガイドさんの説明のほとんどが聞き取れなかったが、キウイ保護施設、地熱地帯、マオリの文化センターは、ただ見ているだけでも存分に雰囲気を味わえるものだった。
そしてハカのパフォーマンス。こちらは最前列でしっかりと鑑賞した。男性は力強く、独特の目や舌の動きや腹から出す地響きのような声に圧倒される。女性は滑らな動きで、時に激しく時に繊細なしぐさや、浅黒い肌の質感がとても美しかった。生命力に溢れた祈りのダンス。
終了後も相変わらず降りしきる大雨の中、ツアーでは通らなかった地熱地帯をぐるっと散策。地熱、硫黄の匂い、湧き上がる大地。「地球の中にいる」ような感覚。ひとり静かに歩きながら、ここまで来た道のりと、レースに思いを馳せた。
晴れていたらレッドウッドフォレストへも行きたかったが、大雨のため断念。そこは樹齢100年を超えるセコイアをはじめとする、荘厳な森。レースでも通ることになっているが、通過するのは夜。できれば昼間に見ておきたかった。
でも、自然には勝てない。


ドロップバッグ事件
午後、ドロップバッグを預けに再びレース会場へ。
実はドロップバッグを利用するのは初めてで、それの仕組みも知らなかった。何か専用のバッグがあるのかと思い中身だけ持って行ったところ、周りを見渡すと、皆のバッグの統一感の無さに気づく。そう、それはバッグも自分で用意するものなのだった。
ニュージーランドのアウトドアブランド、Kathmandu(カトマンドゥ)で小さなバッグを一つ購入し、あとは手持ちのエコバッグを使った。無事に預けられ、ほっと胸をなでおろす。
帰りはスーパーマーケットに寄り、食料の調達とお土産の物色。地元の人の生活が垣間見えるスーパーは、街歩き以上に面白かったりする。キョロキョロと、隅々まで見て回った。
静かに迫る、不安
この日は一日中ひどい大雨で、時おりひときわ大粒の雨が轟音を唸らせる。なんと警報も出ていて、夜には2回もスマホがけたたましく鳴り響き、近くの地区に悪天候警報(RED)が出た、と知らせてきた。
季節は夏、でも雨が降り風が吹くと、ダウンを着込むほどの寒さになる。夜は暖房をつけたいくらいに冷え込んだ。
天気予報では、早朝に大雨。午後から回復傾向ではあるものの、夕方に雷マーク。一日のうちどこかでは、間違いなく雨が降る。まさかの雨レースデビュー。今まで出走した国内レースは、マラソンなど含め10本以上、全て好天の晴れ女だった。
晴れへの希望は捨てない。でも、雨や寒さを想定した装備をきっちり整え、パッキングを済ませた。そしてあとは寝るだけ、となった途端、急に現実が押し寄せる。
「私は明日、102km走るのか」
怪我や不調で十分な練習を積めなかったこと、できなかったことが次々に思い出されると同時に、雨ならどんな状況に追い込まれるのかと想像し、不安がめいいっぱい幅を利かせる。胸のドキドキは止まらなかった。
さらに、宿の不安定なオペレーション。夜から朝にかけて、共同キッチンのある母屋エリアには鍵が掛かっており、離れにあるこちらの部屋からは入ることができなかった。そして朝は門が閉まっており、出られなかった。翌早朝、ちゃんとここを出発できるのかも分からない。
横になり目を瞑ってからも何度も起き上がっては、あれやこれやと確認をする。眠れない夜だった。
次は、スタートラインへ
すべてが整ったわけではない。むしろ不安の方が大きい。それでも、泣いても笑っても、明日はいよいよスタートラインに立つ。ここからが、本当に本当の、始まり。
続く!

【今回のポイント(これから行く人へ)】
・乗り継ぎは余裕を持つ(遅延+検疫で普通に崩れる)
・公共交通機関は「時間通りに来ない」前提で動く
・宿は “何が起きても受け入れる” 心が必要
・初めてのことは想定外が当たり前
