恐怖!真夜中山奥の避難小屋で…

一人迎える夜

ここはとある地方、K県とT県の県境にある山脈。真夏を過ぎたある日、私は1泊2日の縦走山旅に出掛けた。宿泊地に選んだのは、開けた笹原に佇むS避難小屋。

(避難小屋とは、行程中に宿泊したり、休息したり、あるいは緊急時に避難するために駆け込むための建物のことで、管理人の居ない無人小屋。寝具や食料など必要なものは全て自分で担いでいく。)

ここは人気の山と山の間という立地、事前にネットで調べた時は、よく利用されているような印象を受けた。平日でも誰かいるだろう。そんな軽い気持ちで出発した。

麓の登山口を出発し山を歩いた後、S避難小屋に到着したのは16時頃。古い建物だ。ガタガタと建付けの悪いドアを開けると、中には誰もいない。15~20人ほどは泊まれるであろう広さ。床の上は綺麗だが、カビくささとほこりっぽさが鼻につく。窓からはまだ明るい日が差し込んではいるものの、小窓のため小屋の内部は既に薄暗い。

無人の避難小屋で、トイレは無し。水場は少し離れていて、急な斜面を降りなければならず、今回はパスするために初めから水をたくさん担いで来た。

小屋から50m程離れた場所に男女のペアがテントを張っている。挨拶を交わす。

どうやら今夜は私一人のようだ。

寝袋を設置し、食事の準備をする。身支度をし食事を済ませてもまだ17時過ぎ。前日は夜行バスに乗ってきて睡眠不足の私は、まだ明るさの残る18時頃に一旦眠りに入った。

忍び寄る足音

そして1時間後の19時、目が覚める。窓の外はいつの間にかどっぷり夜の闇に包まれていた。

一人で過ごすには広すぎる空間、真っ暗闇。とてつもない恐怖感が沸き上がり止められない。幽霊が出たらどうしよう。熊が出たらどうしよう。夜中に誰か怪しい男の人でも入ってきたらどうしよう…。想像は膨らみ、もはや眠るどころではない。

目を開けているのも怖いので閉じているが、全身が耳状態。時折聞こえるラップ音。建物がきしむ音は当然するものなのだが、とにかく怖くていちいち恐れおののく。外の音はあまりはっきりは聞こえないが、おそらく動物の気配。

恐怖で身を硬くしながらもどうしようもないので横になっていると、20時頃、頭の上あたりから足音が。

きゃぁぁああああああああーーーーー!!!

タタタタタタッ、と軽ーい足音。

ね、ねずみだー!

手元に置いてあったライトを向けると、びっくりした様子で建物の隙間に潜り込んで行った。

食べ物を荒らされる恐れがあるので(時にはザックまで食い破られるらしい)、ゴミなども含めて食べ物関係を上のロープに吊るす。

そしてまたしばらくじっとしていると足音が。ライトを向けると逃げる。を繰り返すこと3回。21時頃の3回目の出現の時に至近距離ではっきり目が合う。ねずみちゃんの「きゃあ!」という悲鳴が聞こえるようだった。それ以降は出てくることは無かった。

とても小さいねずみ、おそらくヒメネズミだろう。ねずみ年生まれの私としては親しみがわく存在なので(家にいたら嫌だけれど)、小さな生命体が近くにいるということがほんの少しだけ幽霊の怖さを緩和してくれた。

恐怖の正体

幽霊は怖い。普段なら「幽霊見たと思っちゃうのは脳のバグに違いない」とか言ってしまう私も、この圧倒的に人間不利<幽霊有利な山奥・暗闇という状況下、恐れおののかずにはいられない。

山で遭遇したという幽霊の話しや、有名な山小屋での怖い話しなどをわざわざ思い出し、怖い怖いと想像してみる。

そう、恐怖の本当の正体は「不安を想像している」という状態。本当に遭遇してしまった方が冷静だったりするのかもしれない。

しかしそんなことは頭で分かったところで何の慰めにもならず、どうしようもなく怖いものは怖い。

でも怪しい男の人と二人っきりになったらもっと怖い。怖れるべきは幽霊よりも人間か。

眠れもせず、だからといって動けもせず、ただただ時間が過ぎて夜が明けるのを待っていると、不思議なものでたまにうつらうつらしていて、最初の1時間と合わせると合計2時間くらいは眠っていたのだと思う。

ようやく午前4時頃になり、起き出す。空が薄明るくなる午前5時頃、出発。

長い長い一夜が終わった。

その後、テントを張っていた二人組に途中で追い付き話しを聞いたところ、夜中テントの周りは鹿だらけだったそう。外の気配は鹿だったようだ。

怖れていたことは一つも起こらず、無事に一人避難小屋の夜を乗り越え、生命力がまた上がった気がする。でももう経験したくはない。山に来て人が多すぎるのは嫌だけれど、たった一人は怖すぎた。誰か一人でも居てくれたらこんなに怖いことはないと思うと、自分ではない誰かが存在するということのありがたさを改めて感じる。

安心して眠れるのも、安心してその辺りを歩けるのも、安心して生きていけるのも、誰かという存在がいるから。誰かが安心して生きている状況の中にいるから。

「生きてるだけで利他」

存在しているだけで何かに貢献している、というこの言葉、私の座右の銘。

この言葉がまた改めて腑に落ちた一夜でした。

※2024/9/8(日)、高知県と徳島県の間の山脈、白髪避難小屋にて。ねずみは出ますが幽霊は出ません(たぶん)!良い小屋なので安心して泊まりに行って下さい!

山行ブログ